避けたい「デフレ脱却宣言」 政府と日銀、緩和出口で苦悩https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB2866Z0Y6A021C2000000/
【コメント】
- デフレ脱却宣言をするかどうかで政府内で議論があるようです。
- 先週、日銀が2%の物価目標到達を宣言したことにより、政府もデフレ宣言の対応を迫れられているようです。
- デフレ脱却を判断するにあたっては、①消費者物価指数 ②GEデフレーター ③単位労働コスト ④需給ギャップ がありますが、、現在はこのいずれもがデフレ脱却のレベルに達しているようです。
- 政府がデフレ脱却宣言を躊躇する理由は、金利上昇を容認することになるからです。金利が上昇すれば、国債の利払い費が膨らむことに加え、企業の投資意欲の減退、住宅取得の鈍化など日本経済が停滞していく恐れがあるからです。
- しかし政府や日銀の宣言を待たずとも、日常の生活実感からするとインフレは進み、我々国民は物価高に苦しんでいます。
- 昨日、崎陽軒のシュウマイ弁当を買いましたが1,180円でした。調べてみると4年前には900円でしたので、4年間で約30%(年率約8%)もの値上げとなっていました。 日本は衣食住に必要なあらゆる商品がこれまで経験したことがない大幅な値上げになっています。
- このインフレを止めるためには、利上げと、これまでばら撒いた現金を市場から回収するしかありません。
- 先週日銀は、過去に買い入れた日本株ETFを急遽売却を加速することを宣言しています。これまで約100年かけて売却する予定だったのですが、それを約40年で売却するということです。これは日本株には大きなマイナスですが、早めに市場から現金を吸い上げインフレ対策の一助にするということでしょう。
- 利上げを行い円安を防ぎ輸入物価を沈静化させることは有益ですが、根本対策ではありません。
- 日本が昔のように魅力的な輸出製品を開発し貿易収支を黒字化し、加えて海外へ投資されたマネーを国内に呼び戻すことが必要です。
- 今後は、日本株安、円高に逆回転していくのでしょうか? それはそれで困ったものですが、、、。
【記事概要】
- 「デフレ脱却宣言の議論に飛び火するだろう」。日銀が2%の物価目標到達を宣言する数日前、財務省幹部はこうつぶやいた。
- 宣言はデフレ期のような景気刺激の必要性が薄まったという認識につながりやすい。責任ある積極財政の手足を縛りかねないという警戒感が政権内にある。国会では消費税減税の法案が審議中で、政府は冬場の電気・ガス補助金を実施すると決めたばかりだ。
- 政府の景気分析を担当する内閣府では幹部が「指標上はいつでも宣言を出せる状態にある」と認める。政府がデフレ脱却の判断で重視する4指標全てが条件を満たすためだ。その状態ですでに2年ほどが経過している。
- それでも宣言発出を巡る判断の中心人物である城内実経済財政相は30日の記者会見で、4指標のうち需要と潜在的な供給力の差を示す需給ギャップが「今後もプラスを持続するか慎重に見極める必要がある」と語った。
- 宣言はパンドラの箱だ。消費者物価指数(CPI)の上昇率が2%を超え続けた24年、岸田文雄政権下で宣言を出す案が浮上した。日銀が3月に異次元緩和を解除するのに合わせて出すべきだとの意見があった。
- 当時の関係省庁幹部が慎重だったのは「物価高で国民が苦しんでいるときに脱却宣言しても不満をためるだけ」と危惧したためだ。経済対策などが打てなくなると懸念する声もあった。
- 再び脱却宣言の議論を誘発した日銀による物価2%の到達表明。政府に不都合なようにみえるが「米国を意識すれば理にかなう」(金融政策決定会合の出席経験者)。2%到達により緩和局面が終局するとの発信は、ベッセント米財務長官が求める日銀の独立性を尊重するアピールにもなる。
- 宣言を避けたい気持ちは、実は日銀にも通じる。問題は「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現」を掲げて2013年1月に政府と日銀が公表した共同声明の扱いだ。
- 当時の日銀執行部は自らの独立性を守るため表現ぶりに細心の注意を払った。見直しに議論が及べば、日銀にとって望ましい方向にことが進むかは読み切れない。政府側も見直しは日銀に過度なフリーハンドを与える恐れがあるとみる。
- 「デフレ脱却宣言はなきものにしたい」「共同声明は自然と死滅してほしい」。政府・日銀の双方から、そんな声が漏れる。
- 日銀は2%の到達宣言にも最終盤まで慎重だった。「いまは2%近傍だ」。10月の決定会合前、経済官庁幹部はこんな日銀側の説明を黙って聞いた。周囲には「日銀が見る基調物価でなければ、とっくに2%に到達している」と話した。
- 日銀は一時的な変動要因を除いた基調的な物価上昇率を重視する。具体的な指数や計算方法はなく、概念的なものだ。2%の到達は外部からみて見極めづらかった。
- 「高揚感はない」。日銀内の空気は冷めたままだ。物価を2%で定着させることができるか、責任はむしろこれから重みを増す。
- 政府が戦後初めてデフレと認定したのは01年。四半世紀を経た「終戦」の仕方に政府も日銀も苦悩している。
